第1回[2021年1月1日〜1月5日]

第1回目の日記の投稿。以前から書いたり書かなかったりしていたが、今年の分から公開しようと思う。1回の投稿につき、5日分の日記を載せていこうと思います。週休2日で。といっても、週7の時もあるから変な刻みになるはず。ま、どうせ真面目に読む人なんていないだろうから構わないだろう。
特に最初の1回目のこの記事は、本当に面白くない。体調があまりよくなかったから仕方ないということで次回以降をお楽しみに(読む人がいればの話だが)。ちなみに、編集も校正もほとんどしていないから、誤字脱字事実誤認のオンパレードだろうけど、どうせ読む人が(文字数)。

2021年1月1日(金)

7時10分服薬。
22時35分、急に虚無感を感じる。車の運転中だった。でもそこまで深く沈み込むやつではなく、一過性のものだった。今日は、朝から活動していたせいか、とても疲れを感じた。でも、朝の活動はやってよかった。やったことはというと大したことはないが。ちょっとだけ片付けたのと、あとは領収証の整理。でも、こういう事務仕事は、ノってこれば全然イケる。岸政彦は、薬を飲めば事務仕事はガンガンイケる、などと言ってた気がするが、私の場合もそうなればいいな。

1月2日(土)

6時40分服薬。
めまいがあるため横になる。
やはり視界にジラジラがある。テレビの砂嵐みたいな感じ、あるいはテレビが故障して画面の端の映像が割れたようになるあの感じ。

1月3日(日)

9時10分服薬。
母親に、心療内科から処方された薬を服用している旨を伝えた。やはり、あまりいい反応ではなかった。まあ仕方ない。でも、実際のところ、あまり落ち込み切らないし、効果は出ているのだろう。ただ、不眠はなかなか解消されない。生活リズムをどう構築したらいいのか、いまいちまだ掴めていない。
今日は朝からDIY。メイクマンで木材を購入し、妻が使う鏡台の棚を製作。本当はソファの土台(嵩上げが必要になってきた)までやろうかと思ったが、タイムオーバー。実家に戻り、すっかり年明けになってしまったお歳暮と、妻の両親からのお年賀を渡す。そのときに、冒頭に書いたように母に薬の件を伝えたのである。
明日から正月三が日も終わり通常通りの進行となる。保育園自体は休みだが、準備のためにいろいろと仕事が溜まっており、それを処理しないといけない。まあでも、それは時間的に自由が効くからまだいい。

1月4日(月)

12時30分服薬。
『作者についてーー責任主体と創作主体』
「作者」について。作者は、事後的に生成する。作品が完成した瞬間、それを完成させた人が作者となる。ただ、その作者はまだ可塑性が高い。そのことについて、すこし言語化できた気がする。
「作者」にまつわるめんどくささの一つの大きな要因は、「責任主体」と「創作主体」の混合状態にある。
作品が完成した時、それを引き受ける責任者として、作者がいる。その「責任主体としての作者」は、一度成るとほぼほぼ固定される。作品がどんなに時代を経ようとも、どんなに社会状況の変化によって意味や解釈に変更が為されても、作者はただ一人で、ブレない。
「創作主体としての作者」は、自ら作った作品によって気付かされること、教えられることがある。それらからのフィードバックによって作品がアップデートされる。常々その更新を繰り返している。つねに途中の状態にある。中動態的な状態。

責任主体/創作主体 → 確定/未確定 or 完成/途中 or ・・・

作者へのインタビューなどがややこしいのは、「責任主体」として召喚されその立場で話すことを求められる。でも、要請されている内容は、テーマやメッセージなどだったり、あるいはキャラクターや構成に関してだったりする。でもこれらは、根本的に創作主体が創作(創作後も含めて)の過程で「発見」するものであり、発見し続けるものであり、つまり固定されないし確定されないし常に揺れ動いている。
インタビューの場に呼び出された作者は根本的に「創作主体」でしかあり得ない。にもかかわらず、語るときには自ら「責任主体」の仮面を被ってしまい、ときどきはその仮面を外すことを忘れてしまったりする(たとえば、テーマを明瞭に語れるようになる)。

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2021年になった。2020年に執筆・発表した演劇作品は短編の一人芝居1本だった。2019年は長編2本と短編1本で、2018年も同じく長編2本と短編1本で、それに比べると2020年はブレーキというか、すこしおとなしい活動だったと言える(のか?)。
たしかに、考えてみると、2017年はおきなわ文学賞で佳作、2018年には一席(沖縄県知事賞)を受賞し、2019年には公的助成を受けての作品づくりや他カンパニーへの書き下ろしや演出をするなど、演劇人として波に乗り始めた、って感じだったんじゃないかと思う。
2020年はコロナの影響もあってできなかったというのもあるけど、一番大きいのは鬱になったことだと思う。元来わたしは躁鬱(双極性)の傾向があったようで、数年前から定期的に沈み込む時期はあったのだが、去年はそれがとてもひどかった。以前からあった、ぼんやりとした消失願望が、はっきりとした希死念慮に切り替わった瞬間があった。
そういうキツい状態であったから、コロナで演劇が消えてしまう、文化芸術が消えてしまう、演劇人みんなでなんとかしよう、みたいな流れがとても苦しかった。なんならこの身もろとも全部消えてしまえなどと思っていた。
でも不思議なもので、明確に死を意識した、もっとも危うい状況に置かれたわたしを救ったのは、他ならぬ演劇だったのです。しかも、自分が作った作品。ちょうど三浦春馬が亡くなった日は、わたしの書いた一人芝居の上演初日でした。上演前に楽屋で俳優さんたちとあまり滑らかではないおしゃべりをしながらスマホをいじっていると、三浦春馬の訃報。それでわたしは、「いまだ!」と思ってしまったのでした。「このタイミングだ」と。でも、迷惑をかけちゃいけないからとりあえずこの舞台が終わるまで、なんて思ってたのかはわかんないけど、初日はまだ生きました。そして、2日目。最終日。その最後の上演をわたしは客席から観ていました。稽古の時から何度も観ているし、なんなら自分が書いたんだからすべての展開はわかっています。にもかかわらず、わたしはこの作品に胸を打たれてしまいました。
客席からの反応はあまりなかったし、みんな困惑した感じでした。作品自体はあまり評価されなかったと思います。でも、これに関してはどうでもいいです。負け惜しみだと言われてもああそうですかとそうです負け惜しみですなんて返してもなんの心の痛みもないです。それくらい、わたしを救ってくれた作品になったのです。その内容とそのときの解釈にまで踏み込むと大変なことになってしまうのでここには書き込みませんが。
保育園の子どもたちとつくった劇2本もあるが、それは、子どもたちと話し合いながら設定やセリフを作っていったので、正確にはわたしの著作ではない。

1月5日(火)

7時服薬。
今日は保育園の職員がひとり休みだったので、朝から出勤。今日の朝の流れがスムーズだった。このリズムが今のところベターかもしれない。まず、朝は6時ごろに起きる。今日は朝に入浴したが、できれば前日のうちに済ませておきたい。それで、起床したら準備してすぐに出発。直接保育園へ。朝の静かなうちの事務作業が一番気持ちいい。人が来る前のすこしひんやりとした室内。7時くらいまでに到着したら、1時間くらいはその時間を持てる。で、午前中は保育園の仕事。12時くらいに給食の準備が終わったら一旦退勤。アトリエへ。そこで90分〜120分ほど休憩。なぜなら体が重いから。その時間はなまどろ様がやってきて体内に鎮座する時間なのだ。今日もひどく重かった。すこし休憩して軽くなったら、できればDIYをしたい。あるいは、執筆作業。映画見たりNetflixもいいのだけど、やはりまずはアウトプットを優先したい。テキトーに、ウンコをするようにアウトプット。インプットは楽しいのだけど、いろいろと記憶を想起する可能性が高い。それに比してアウトプットは、目の前の制作作業に没頭するから落ち込みにくのだ。で、デイケアに合わせて再度出勤するか、当番の日でなければそのままアトリエで制作作業を続ける。20時半くらいまでには終えて、片付け。そのままコメダへ行って、こうして今やっているみたいに日記というか気づきのメモというかそういう駄文をダラダラと閉店まで書き続ける。この流れ。

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『生活することーー解釈モード/運用モードについて』
解釈モードの時は、時系列的にというか物語的に、自分の境遇を評価するので、良いか悪いかのどっちか、教訓的か悲観的かのどっちかになりやすいのではないか。
一転、運用モードの場合は、ただとにかく目の前のことをやる。それができたかどうか。事務作業がノってる時は、このモードかも。
好きなことに没頭するというのは、言ってしまえば「良いとこどり」なのだ。解釈モード的に「自分の好きなこと」を引き出す。でもその解釈モードを引きずると、「でも、こんなことして何になるんだ、、、」と悲観的な評価に陥る可能性が高い。だからどうするか。運用モードにズラすのである。とにかくその目の前の好きなことをやる。それだけ。それは運用。自分の生活の運用である。言い換えれば、自分の命の運用である。それをさらに言い換えれば、つまり生きることだ。好きなことをとことんやることは、ただ没頭することは、それこそが生きることだから大事なことなのだ。

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