第35回[2023年8月22日]

沖縄タイムス・文化欄コラム「唐獅子」。3回目の掲載分のテキストです。
連載開始からなんだかんだ2ヶ月くらい経ちました。不思議なことにいろいろと反響があるようで、読んだよ!なんて言われます。そして共感したとも言われます。共感に関しては半信半疑ですが、お読みいただきありがとうございます。

溶けたら柔らかくなります

 たとえば、一軒のラーメン屋があるとする。あなたが幼い頃から既にその場所に店はあって、ときどき親に連れられて食べに行った記憶もある。が、行きつけではなかったし、大人になって自ら通うこともなかった。もう15年くらいは行ってないのではないか。それくらい、別に思い入れもない、そんなお店のラーメンを、久しぶりに食べてみたとする。そして、なんと、たいして美味しくなかったとする。これってさ、ちょっと、嬉しくない? 共感してもらえるだろうか。私だけ?

 こうやって書いたってことは最近そんな体験をしたわけなのだが、すっごく嬉しくなったんです、そのとき。つまり、どうでもいい店がどうでもいい味のまま長い時間そこに存在しているというこの事実に、強烈な「エモさ」を抱いたのである。

 もう少しその店の話していい? でさ、サービスもあまり行き届いてないわけ。メニューもわかりづらいし、椅子が低すぎて食べづらいし、他にもいろいろあって、現状を少しずつでも改善していこうという企業努力が私からすると一切見受けられなかったのだが、そういう店がきっともう少なくとも30年以上は営業を継続しているわけだ。
 なんていうか、とても安心するのだ。それでもいいんだと。店側からすれば侮蔑的に聞こえるかもしれないが、そうじゃない。飽くなき向上心で自己鍛錬を続ける者しか生き残れない世界は息苦しい。そんな世界に、その営業によって抵抗し続ける姿に感銘を受けたのである。
 集客や収益を度外視で好きなことをこだわってやっていくスタイルとも程遠く、ただ、ここが重要なポイントなのだが、かといってテキトーで接客態度が悪いわけでもない。つまりやる気がないわけではない。

 ラーメンをたいらげ、スマホをぼんやり眺めるなど無為な時間を経て、そろそろ店を出ようかと立ち上がった瞬間、店員さんが「あ、こちらサービスです」とシューアイスを差し出してきた。持ち帰り用の包装されたものではなく、皿で。さすがだ。タイミングといい、提供方法といい、この気の利かなさ! でも、サービスをしようという心意気だけで素晴らしいではないか!
 低すぎる椅子に座り直し、アイスを齧った。「硬っ!」。咄嗟に口から離す。カチカチのアイスは歯型すら刻まれない。店員さんを一瞥すると視線がぶつかった。彼女は言った。「あ、溶けたら柔らかくなります」。ああ、完璧だ。感服だ。また来ます(15年後に)。

[沖縄タイムス(2023.08.09)]

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