第38回[2023年10月4日]

沖縄タイムス・文化欄コラム「唐獅子」。6回目の掲載テキストです。長年憧れ続けているあるアイテムに、今年も手が届きませんでした。来年こそ、アレにふさわしい人間になれるようがんばります。

夏の終わり

 厳しい暑さは依然続くが、徐々に季節は秋に向かい始めている。ただ、夏が終わってしまうその前に、私にはまだやり残したことがある。
 ファン付き作業着を着てみたい。腰の辺りにファンが付いた、ガテン系のお兄さんたちがよく着ているアレ。アレって、涼しいのかな。あぁ、着てみたい。体感してみたい。
 わかってる。アレはあくまでも外部の空気を取り入れる構造だから、服の内部がキンキンに冷えるわけではない。でも、どれくらい熱は緩和されるのか、着心地はどうなのか、どうも気になってしまう。

 それなら着てみたらいいじゃないか。だが事はそう容易くはない。なぜなら体感願望と同時に、わかりたくない、現実を知りたくない、という思いがあるのだ。
 たぶん、アレを着たとき、外気が腰から侵入し服が膨張したとき、私はひとときの愉楽を覚えるだろう。体が宙に浮遊したかのような感覚に酔いしれるかもしれない。
 だが、それはきっと錯覚、陽炎みたく儚く瞬く間に消え去るだろう。なんだ、こんなもんか。そうやって、長年の憧憬は一瞬で萎んでしまう。そうなる未来に怯え、私はずっとアレの着用を避け続けている。

 だが、そろそろ現実を受け入れるべきか。店で試着してみようか。しかし、やはりまだ勇気がない。
 それなら想像してみよう。いま私は店にいる。作業着をまとい、ファスナーを上まで閉め、スイッチを入れる。モーターが駆動しファンが回り出す。ヴォオ〜ンという小さな音。外気の流入を腰で感じる。
 だが店内は冷房が効き、体も熱を持っておらず、服のパワーを実感できない。外に出る必要がある。涼しい店内から灼熱の屋外に出るとき、服の内部はどう変化するだろうか。

 出入口に近づき自動扉が開く。温度も湿度も別世界だ。ビー! なんと、モーター音が変わった! これは、どうなってしまうの?

 「すみません!」いきなり肩を掴まれた。「お客さん、レジ通ってないですよね」

 え? あぁ、これね、空気で服が膨張しているだけなんです。別に何か隠してるとかじゃないんですよ。

 「事務所までお願いします」彼が私を店内に引きずり込む。ちょっと! ちょっと待って!……

 シミュレーションは終わった。結果は、やはり私には着られない。もはや手に負えない。あぁ、遥かなるファン付き作業着。来年の夏こそ、あなたに包まれたい。

[沖縄タイムス(2023.09.20)]

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