沖縄タイムス、文化面コラム「唐獅子」。
10回目のテキストをこちらに掲載します。生きていると、いろんな壁にぶつかりますよね。壁じゃなくても、いろんな物体にぶつかります。そしてそれは痛みをともないます。しばらく痛いです。やわらいできて油断したとき、またぶつかります。とても痛いです。
TOO MUCH PAIN
幼い頃から、よく壁にぶつかる。人生の、ではない。本物の壁に。壁だけではなく、棚にもドアにも柱にも、ありとあらゆる場所にぶつかる。
どうにか改善しようと努力してきたが、常に周囲に注意を払い続けるのは難しい。気を抜いた隙をついて、世界は私に衝突してくる。あらゆる物体に狙撃されるので、うかうか外出もできない。
だが、家の中とて安全ではない。家具家電、壁床天井、すべてのインテリアは、実は潜伏するスパイなのだ。
忘れもしない。2014年。台風一過の10月中旬。
その朝はなぜか早起きで、5時には目を覚ましていた。昨夜まで吹き荒れていた風は、打って変わって静寂をまとっている。
気だるいまま寝返りを打つと、部屋の高いところでつるんでぶら下がる大量の洗濯物が、布団に寝転ぶ私を見下ろしていた。
なんだこの野郎。私は睨み返す。
部屋と私をジメジメさせるコイツらを、とっとと外に追い出してやる。
私は立ち上がり、奴らが掛かるハンガーをまとめて鷲掴みにした。そこから腕を天井方向に目一杯伸ばしてフック部分を突っ張り棒から外し、両腕で抱えようとした瞬間、左肘に電撃が走った。近くに置かれた棚に、強く打ちつけたのだ。
あまりの痛みに洗濯物を床に放り投げ、床をのたうち回った。
小さく喘ぎながら、目をつぶり、肘をさすり、深呼吸を繰り返した。
痛みもやわらいだので、ゆっくりと目を開くと、時計が視界に入った。針は9時を指している。
あれ? さっき5時だったよな?
私は状況が飲み込めない。
寝てた?
まさか。私はあの状況で寝落ちするような非常識な人間じゃない。
ふと今日が燃えるゴミの収集日だと思い出した。
ほら、やっぱり常識人だ。私は急いでゴミ袋を持って玄関を出た。
しかし、すでにゴミ置き場は空っぽだった。
ため息とともに玄関に戻り、勢いにまかせてドアを閉める。
すると突然、袋の腹からゴミが噴き出はじめた。どうやらドアに挟んで破れてしまったらしい。
拾い直してもキリがない。新たな袋を取りに立ち上がった瞬間、ドアの取手に左肘を強打した。
あぁ、世界はどうしてこんなにも、私を痛めつけるのか。
そのまま玄関で倒れ込む。
周りにはゴミが溢れ、寝室には大量の衣服が散らばっている。この匂い立つ事件性。あきらかに現場保全の必要があった。
だから私はじっと動かず、ゆっくりと目を閉じた。
[沖縄タイムス(2023.11.15)]