第36回[2023年9月5日]

沖縄タイムス・文化欄コラム「唐獅子」。4回目の掲載分のテキストです。
こんなにも無内容なものたちですが、周囲の方々からの声の掛けられ方はこれまでの仕事でも一番多いかもです。
新聞というメディアがいまだにパワフルであること、くわえてこんな無内容なものが掲載されている新奇性とそれを受け入れるタイムスの度量の大きさを感じる日々でございます。

見え過ぎる私

 あなたの苦手なロープは何ですか? 私はトラロープです。工事現場の立入禁止区域などに張ってある、黄色と黒のアイツ。何が嫌かって、アイツをしばらく見つめていると、遠近感がバグってくるのだ。
 一時期、職場にある物干しがトラロープだったのだが、手を伸ばすと掴み損ねたり、洗濯バサミを挟もうとしたら空振りしたり、そんなことが頻繁にあった。目の前のロープをつかめない。私は大いに気に病んだ。私の視神経は、脳神経は、どうにかなってしまったのか?
 だが喫緊の問題は洗濯物である。私は、見積もったよりずっと奥まで手を伸ばし、その手を体側に戻しながら手首あたりにロープを引っ掛けるというアクロバティックなアプローチを採用した。だが、そんな自分の様が哀れになって、普通に宙を手探りしロープを掴むという味気ない方法にすぐに修正されたのだが。
 不思議なことに、他の、例えば緑一色のロープではそんな現象は起きない。トラロープだけなのだ。おそらくあの配色自体に、視覚を混乱させる何かがあるのではないか。

 一応言っておくが、私は視力には自信がある。小学校時代から現在にいたるまで、視力検査のランドルト環(あの輪っかのこと)は一番下の段まで全部見える。仕事柄パソコンや書類を長時間見つめることも多いが、視力は低下していない。

 でもやはり目は疲弊していて、瞼が痙攣したり乾いたりといった状態が頻発し、ある日眼科へ向かった。
 看護師さんに促され視力検査を行うと、例によって一番下のランドルト環の向きまで難なく正答した。
 すると彼女はわずかに顔をこわばらせ、「見え過ぎてますね」と呟いた。見え過ぎてる? その口ぶりは私を揺さぶる。「兼島さん。パソコン作業とか多いですか?」
 え、まあ、はい。怯む私に彼女は踏み込む。「向いてないですね。遠くまで見える人だから。漁業とかがいいですね。あと、狩りとか」

 狩り? 狩りですって? 確かに彼女はそう言った。信じて欲しい。
 まさか視力検査で職業適性の診断をされるとは思わなかったが、その結果が狩人だとも思わなかった。

 見え過ぎる私には、パソコン画面は近過ぎて、この社会は狭過ぎる。猟銃を取り野に出るのだ! 獲物を見つけ銃を構える。だが照準が定まらなかった。だって黄色と黒だもの。そんでもってピンと張られて立入禁止を示している。お前は野には出るなとさ。はいはい。デスク戻って仕事してきます。

[沖縄タイムス(2023.08.23)]

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