沖縄タイムス、文化面コラム「唐獅子」。
9回目のテキストをこちらに掲載します。なんか肌寒くなった気もしますが、まだまだ日中の沖縄は暑いですね。
今回は、映画とホットココアにまつわる、淡く切ない恋のお話です。
最上の時間
こだわりというほどではないが、私は冬でもコーヒーはアイスで飲みたい。熱いものが冷めるより、冷たいものが温くなる変化のほうが、どこか損失が少ないような気がする。
ただ、ココアとなると話は別。ココアにはどこか特別な感情を抱いており、冷たくしてゴクゴク飲むことでそのスペシャリティを粗末にしているような罪悪感が生じる。
自販機に「あったか〜い」と表示される季節の到来を、毎年楽しみにしている。静かに冷えた明け方の公園で「あったか〜い」ココアを飲む。ささやかだが幸福な、私にとって一年のうちでも最上の時間だ。
もうひとつ、「最上の時間」がある。映画館でのポップコーンだ。映画を観るのはもちろん好きだが、ポップコーンの方が好き。いや、正確にはポップコーンではなく、映画館で食べることが好きなのだ。なにかあの場所だけで効力を発揮する魔法があるのだと思う。
それなら、こういうのはどうだろうか。冬に、映画館でポップコーンを食べながら、ホットココアを飲む。幸福と幸福のコラボレーション。最上の時間のインフレーション。もしや天に召されるかもしれない。
しかし、現実はひどく冷たい。
10年ほど前の冬の日、意中の女性と映画デートをした。私はたぶん気分がよかったのだと思う。好きな人と、好きな映画を観る。だからこの時間をもっと特別なものにしたかった。ドリンクはいつものコーラではなく、ホットココアにした。二人の真ん中にポップコーンを置き、私は右手で、彼女は左手でそれをつまむ。時々手と手がぶつかったりして、それもまた嬉しかった。
まだ予告編だというのに、私にとってはすでに素晴らしい時間だった。幸せに浸りながら、左手でカップを持ち上げ、ストローで勢いよくすすった。熱っ! 館内に叫び声が響きわたる。私はいつもコーラでそうするように、カップにストローを挿していたのだ。
右側でおびえる彼女に、私は「ベロやけどした」と不明瞭に訴えた。「ごめん、氷もらっていい?」。
すると彼女は「私、ホットコーヒー」と消え入りそうな声を落とした。なんで冬にホットコーヒーなんだよ! なんて口が裂けても、たとえやけどしていても言えるわけがない。私はただ頷き、トイレへと走った。
その後、彼女との関係に発展はなかった。いろんな温度にまみれた思い出。もうすぐやってくる今年の冬は、「あったか〜い」といいな。
[沖縄タイムス(2023.11.01)]